書くのが嫌いなヤツが、書いてます。
シカゴにいた。
学生の頃、シカゴで暮らしていた。
土地柄、当時はHIPHOPとHOUSEの黄金時代。 音楽にどっぷりはまり込み、若気の至りを繰り返す日々を暮らしていた。
お金がないからレコード屋を巡り、3ドルくらいの掘り出し物を探す日常。 あとは4ドルで旨いタコスで腹を満たすことが楽しみだった。
サラリーマン時代はLAでレコードの買付担当。
帰国して、とりあえずレコード屋でバイトすることにした。
それが「買付担当」となり、ロサンゼルスと日本を行ったり来たりしていた。 朝から晩までレコード屋を巡る生活。今思うと、あんなに楽しいサラリーマン生活はなかった。
仕事は単純だ。 朝起きて車に乗る。レコ屋に行く。掘る。買う。飯食う。アパートに帰る。シャワー浴びる。寝る。 3週間、それをリピートする。
当然、仕事だからノルマはある。 仕入れ平均単価は5ドル。平均販売価格は2500円。それを2000枚集めるのがミッション。
1ドルで仕入れて1800円で売ってもいい。100ドルで仕入れて20000円で売ってもいい。 ただ、買付けに行くからには「激レア盤」が必要となる。
レコ屋の棚を探しても、そんなお宝に出会う確率はほとんどない。 そんなときに頼るのが、現地の「ディーラー」だった。
ある日から、見せてくれなくなった。
得意先のディーラーがレコードを見せなくなった。
「君等に売るレコードあったらeBayに出すわ〜。もっと高く売れるし。」
日本ではヤフオクが出始めた時代。 アメリカではeBayというオークションサイトでの売買が増えていた時代だった。
日本には、誰もいなかった。
当時の日本で、eBayでレコードを売っている人はほとんどいなかった。
ただ、日本から出品されている国内盤レコードは、驚くほど高額で取引されていた。 いま思えば、日本のレコードが海外で高く売れるようになる、その始まりのころだった。
英語で、ドル建てで、海外に送る。面倒だから誰もやらない。 こちらは向こうで買い付けていたので、抵抗がなかった。
だから、逆をやった。 日本で安く仕入れて、海外へ売った。
気がついたら、無意識に越境ECをやっていた。 その頃はまだ、越境ECという言葉ではなかった。
それで、IT側にいた。
レコードを追いかけていたら、いつのまにかIT業界にいた。
なろうと思ったわけではない。海外のサービスを使いまくってただけである。
そのうちに音楽ビジネスも様変わりして、フィジカルの流通からデジタル配信へ移っていく。
ジャズレーベルを作り、原盤を制作し、ジャケットをデザインし、ECサイトで販売し、音楽配信に乗せた。 アルバムは50作品以上になった。数えたら、そのくらいあった。
グラフィックデザインをやり、マーケティングをやり、気づいたらウェブサイトを作っていた。
ウェブ制作会社が音楽をやっているのではない。 音楽ビジネスをやってきた人間が、必要に迫られて作っている。
順番が逆だ。
いまも、同じことをしている。
日本ではほとんど知られていない海外のサービスを使って、仕事をしている。 20年前と、やっていることが変わっていない。
ただ、だいたい早すぎる。
会社をやってからずっとそうで、先に見つけて、やってみて、誰も来なくて、うまくいかない。 こっちが飽きた頃になって、そのサービスが日本で盛り上がりはじめる。
これを何度も繰り返してきた。
今回もたぶん早い。
書くこと嫌いなヤツが書くんだぜ。たぶん続かないから期待しないでね。たぶんたぶん。